「虐待」という言葉を聞くと、家庭や福祉施設で起きることだと思われる方が多いのではないでしょうか。
実は、障害者虐待防止法では、障がいのある方を雇用する企業(使用者)も、虐待をしてしまう可能性のある立場として明記されています。ところが、このことは人事や現場の管理職の方にもあまり知られていません。
この記事では、障害者虐待防止法の基本と、「誰が・誰に・何を」したら虐待にあたるのか、そして企業に求められている取り組みについて、法律の条文と厚生労働省の資料をもとに整理します。
- 障害者虐待防止法は、虐待をする立場として「養護者」「障害者福祉施設従事者等」「使用者」の3つを定めています
- 「使用者」には、事業主だけでなく、経営担当者や上司・人事担当者なども含まれます
- 虐待は身体的・性的・心理的・放棄放置・経済的の5つ。悪意がなくても当てはまることがあります
- 事業主には、社員への研修と苦情処理の体制づくりが求められています(第21条)
障害者虐待防止法とは
障害者虐待防止法(正式名称:障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律)は、障がいのある方への虐待を防ぎ、その権利や尊厳を守るための法律です。2011年に成立し、2012年10月1日から施行されています。
施行
定められた立場
虐待の種類
「誰が・誰に・何を」の「誰が」に、企業が入っている
この法律では、障がいのある方に対して虐待をしてしまう可能性がある立場として、次の3つが定められています(第2条第2項)。
現に養護している人
障害福祉サービス事業所の職員
雇用する事業主など
- 虐待は家庭や福祉施設で起きること
- 一般の企業には関係のない法律
- 暴力をふるわなければ大丈夫
- 企業(使用者)も虐待をする立場として明記されている
- 障がいのある方を雇用する企業はすべて関係する
- 暴言や差別的な扱い、賃金の不払いも虐待にあたる
つまり、障がいのある方を雇用している企業は、「誰が」の当事者になりうるということです。法定雇用率の引き上げで障がいのある方を雇用する企業が増えるなか、この点を知っておくことはますます重要になっています。
「使用者」とは誰のことか
障害者を雇用する事業主(派遣労働者による労働の提供を受ける事業主などを含み、国及び地方公共団体を除く)、又は事業の経営担当者その他その事業の労働者に関する事項について事業主のために行為をする者
ポイントは、社長や会社そのものだけでなく、社員に関することについて会社の立場で行動する人も「使用者」に含まれることです。労働局の資料では、工場長、労務管理者、人事担当者などが例として挙げられています。
派遣労働者として障がいのある方を受け入れている派遣先の事業主も、「使用者」に含まれます。
「何を」:使用者による虐待の5つの類型
法律では、使用者が職場で働く障がいのある方に対して行う、次の5つの行為を「使用者による障害者虐待」と定めています(第2条第8項)。
| 類型 | 法律の定義(要旨) | 職場で起こりうる例 |
|---|---|---|
| 身体的虐待 | 外傷が生じる、または生じるおそれのある暴行を加えること。正当な理由なく身体を拘束すること | 叩く、つねる、物を投げつける |
| 性的虐待 | わいせつな行為をすること、またはさせること | 体を触る、性的な言動や行為を強要する |
| 心理的虐待 | 著しい暴言、著しく拒絶的な対応、不当な差別的言動など、著しい心理的外傷を与える言動 | 人格を否定する言葉、他の社員と差別的に扱う、意図的に仕事を与えない |
| 放棄・放置 | 著しい減食や長時間の放置、他の労働者による虐待行為の放置など | 同僚からのいじめや暴言を知りながら放置する |
| 経済的虐待 | 財産を不当に処分すること、不当に財産上の利益を得ること | 賃金を支払わない、本人の財産を勝手に使う |
5つめの類型「放棄・放置」には、ほかの労働者による虐待行為を放置することが含まれています。同僚どうしのトラブルだからと見過ごしていると、会社としての責任を問われることになります。
悪意がなくても、虐待にあたることがある
職場で起きる虐待の多くは、最初から相手を傷つけようとして起きるわけではありません。「指導のつもり」の強い言葉や、障がい特性を知らないまま繰り返される叱責が、本人にとっては著しい心理的な傷になることがあります。
- 何度言ったら分かるんだ
- こんなこともできないなら辞めてもらう
- あの人には仕事を回さなくていい
- 伝え方を変えて、もう一度一緒に確認する
- できていることと、次の課題を分けて伝える
- 得意なことが生きる仕事を一緒に考える
数字で見る、使用者による障害者虐待
厚生労働省は毎年、「使用者による障害者虐待の状況等」を公表しています。2025年9月に公表された令和6年度の結果は次のとおりです。
事業所数
事業所数
障がいのある方
最も多いのは、賃金の不払いなどの経済的虐待です。悪意の有無にかかわらず、労働条件や賃金の管理が適切でないことが、虐待として認められているケースが多いことが分かります。
「知らなかった」では済まされない理由
理由1:事業主には、虐待を防ぐための措置が求められている
障害者を雇用する事業主は、労働者の研修の実施、当該事業所に使用される障害者及びその家族からの苦情の処理の体制の整備その他の使用者による障害者虐待の防止等のための措置を講ずるものとする。
つまり、法律は事業主に対して、社員への研修と苦情を受け止める体制づくりを求めています。「知らなかった」「研修はしていない」という状態は、この措置が取られていないことになります。
理由2:虐待に気づいた人には、通報の義務がある
使用者による虐待を受けたと思われる障がいのある方を発見した人は、速やかに市町村または都道府県に通報しなければなりません(第22条第1項)。これは社内の同僚や家族、支援者も同じです。
| 通報に関するルール | 内容 |
|---|---|
| 通報の義務 | 虐待を受けたと思われる障がいのある方を発見した人は、速やかに市町村または都道府県へ通報(第22条第1項) |
| 本人の届出 | 虐待を受けた本人も、市町村または都道府県に届け出ることができる(第22条第2項) |
| 守秘義務との関係 | 守秘義務に関する規定は、通報を妨げるものと解釈してはならない(第22条第3項) |
| 不利益取扱いの禁止 | 通報や届出をしたことを理由に、労働者は解雇その他不利益な取扱いを受けない(第22条第4項) |
通報を受けた後の流れ
社員、家族、支援者、本人などから通報や届出が寄せられます。
市町村・都道府県から、都道府県労働局に報告されます。
労働基準法や障害者雇用促進法などにもとづき、事業所への調査や指導が行われます。
厚生労働省が全国の状況を取りまとめ、公表しています。
障害者虐待防止法をふまえた社内研修を行っていますか
第21条で求められている研修は、法律の内容を知るだけでは十分ではありません。虐待の多くが「知らなかった」「悪気はなかった」から始まる以上、障がい特性への理解と、日々の関わり方までを含めて学ぶことが大切です。
- 障害者虐待防止法の内容(3つの立場・5つの類型・通報義務)を、管理職や現場の社員に研修しているか
- 障がいのある社員や家族からの相談・苦情を受ける窓口を決め、周知しているか
- 同僚どうしのトラブルやいじめを、見過ごさない仕組みがあるか
- 賃金や労働時間など、労働条件の管理を定期的に確認しているか
- 障がい特性を理解し、本人と周りの社員をつなぐ役割の人がいるか
| 研修で押さえておきたい内容 | 具体的なテーマ |
|---|---|
| 法律の基本 | 障害者虐待防止法の目的、3つの立場、5つの類型、通報義務と不利益取扱いの禁止 |
| 障がい特性の理解 | 身体・知的・精神・発達など、それぞれの特性と、職場で起きやすいすれ違い |
| 日々の関わり方 | 指示の出し方、注意の仕方、困りごとの確認方法 |
| 相談・対応の体制 | 社内の相談窓口、外部の相談先、問題が起きたときの対応の流れ |
企業在籍型特性支援士でも、障害者虐待防止法を学べます
当協会の民間資格「企業在籍型特性支援士〈初級〉」では、障がい特性の理解や職場での関わり方とあわせて、障害者虐待防止法についても取り上げています。人事・総務の方や管理職、現場の責任者の方が、社内で研修を進めるときの土台としてもご活用いただけます。


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